許さない 赦さない ユルサナイ 吐かれた呪いの言葉は今も 私の胸に刻み込まれて 消そうと掻きむしってみても ただただ赤い血が流れ出るのみ |
「…もう一度言ってくれる?僕が、何だって…?」 魑魅魍魎の類よりも余程まがまがしく冷たい目線で見つめられて、セレナはうっとたじろいだ。 ここはSラボ内にあるユーリの自室である。ここに入るにはユーリもしくはレイのIDカードと暗証番号が必要なのでレイも必然的にセレナの「抗議」に付いてくる事になったのだが。 今はそれを少々後悔していた。やはりセレナではユーリを言い負かす事は不可能のようだ。 「…っだ、だから!ユーリばっかりレイを独り占めするのは納得いかないって言ってるの!!レイは私のお守りなんでしょう!?」 顔を真っ赤にして精一杯の抵抗を試みるセレナ。しかしレイの後ろに隠れて、である。 ユーリは相変わらずの視線でしばらくセレナを見つめていたがやがて床に目線を落としふぅーっと溜息をついた。 「…は。子供の考えだね。」 再び顔をあげたユーリは呆れと嘲りの表情を浮かべていた。 「なっ何よ!」 子供なんて馬鹿にしても、見た目はどう見ても同い年の二人はレイを挟んで睨み合う。 「まず第一に、独り占めという表現は的確でない。大体レイは物じゃないから所有できる訳がないだろう?これはただ単に君より僕の方がレイといる時間が長いというそれだけの事だ。第二に」 一旦言葉を区切ったユーリは更に視線の温度を下げて言い捨てた。 「君の了承を得る必要はない。…何様のつもりなのかな、君は。」 死人のくせに、とレイには聞こえたような気がした。 セレナも何かを感じ取ったのか目を潤ませて踵を返しドアの外に走り出していく。 「っセレナ!!」 振り返って呼び止めようとしても、今まさに閉まろうとするドアの隙間からなびく金髪が見えただけだった。 「っ…」 追い掛けようとドアに立っても扉は開かない。ロックされた。 「話はまだ終わってないよレイ。」 振り返ると相変わらずの嫌な種類の笑みを浮かべたユーリ。 「…開けてくださいユーリ。いくらなんでも」 言い過ぎです、と続くはずだったレイの唇はユーリのそれで塞がれた。 目を白黒させるレイとは反対にユーリは落ち着いている。そのままレイの口腔を蹂躙してゆっくりと離れていった。 「…っな…なんて事するんですかユーリ!!」 にいっとユーリは笑ってドアのロックを解除する。 どんと体を押されて外に出された。目の前で扉が閉まっていく。隙間からユーリの笑みが見える。 「…君は僕の物だって、思い出させてやろうと思っただけだよ」 声が響いて、扉は閉まった。 しばらくレイは扉の前で呆然としていた。何が、どうなってユーリはあんな事を。 大体自分が言っていた事と矛盾しているではないか。レイは物ではないと言った舌の根も渇かぬうちに。 そもそも私は男で、ユーリも男で…まさかそういう趣味があったのだろうか…。 そこまで考えを巡らせてはたとレイは正気を取り戻した。 そうだ、こんなくだらない事を考えている場合ではない。セレナを探さないと−−−。 ラボ内でセレナが行ける所は限られている。セレナの自室か、レイの部屋か、Aラボの特定のルーム。 …多分、私の部屋だろうな。 そう予測してレイは走り出した。 IDカードを通して暗号番号を入力すると扉が開く。かくして目的の人物はそこにいた。不自然に盛り上がったベッドのシーツをめくると長い金髪。 「…セレナ?」 声をかけると肩を震わせてセレナは緩慢な動作でこちらを振り向いた。 目が赤い。再生させた角膜の強度は生前に比べて遥かに弱いのに泣かせるなんて全くユーリは… 「大丈夫か?セレナ」 セレナは幼い動作でこくりと首肯するとその細い腕をレイの首に延ばした。 「セレナ?」 セレナは答えない。レイも何も言わずにされるがままになっていると急にセレナが腕に力を込めた。そのままベッドに仰向けに倒される。 さらりと金髪に頬を擽られた。なんという既視感。 「セレナ…?」 「…レイは……だもん」 聞こえない。耳を近づけようと首を上げようとしたのを抵抗と捉らえたのかセレナの力が強くなる。本気で振り払えばすぐにどかせられる体をよけないのはこの温もりが名残惜しいから。 「私の…だから……どこにも行かないで…っ」 長い睫毛が震えるのが見て取れる。胸が締め付けられるような思いがしてレイはセレナの頭を自分の胸に押し付けて抱き込んだ。 「行かないから…どこにも」 押さえられたままの頭を少しあげてセレナがレイを見る。縋るような目をされてレイはまた苦しくなった。 そんな顔はさせたくないのに。 無意識にセレナの顎を指で捕える。上体を起こすとレイの膝にセレナが座るような形になった。 顔を近づけてもセレナは微動だにしない。きっとこの先が予測出来ずに固まっているのだろうなとレイは苦笑した。 「どこにも行かないって約束するよ」 表現するならば誓いのキス。本当に触れる程度でレイはセレナに口づけた。そしてすぐに離れる。 セレナはきょとんとした顔でレイを見つめ続ける。この行為の意味が分からないらしい。 悩むように眉根をよせてしばらく考え込むとぱっと顔をあげて言った。 「レイは私のお守りじゃなくて、恋人なのね!?」 嬉しそうに満面の笑みをうかべてセレナは興奮気味に叫んだ。 まさかキスの意味を知っていたのだろうか。誰だ。またもや彼女にそんな知識を植え込んだやつは。 「…いや…恋人…というのも違うような…」 焦るレイをよそにセレナは跳びはねんばかりの喜びようだ。ここできっぱり否定したらきっとまた先程のように落ち込むであろうセレナを想像すると違うんだとも言い切れない。 ああやはり、彼女には甘くせざるを得ないのかと再認識して、レイは一日で二人の人間と接吻を交わした唇を押さえて溜息をついた。 |