ポッドを開くと中のソレと目があった。 けれどすぐに焦点はずれてソレは崩れ落ちる。 「残念。これも失敗だね」 神様なんていないと、やっと気がついたのはあの日。 |
Sラボの1番奥にあるNO.00ルーム。この部屋に入るといつも息がつまる。 「遅かったねレイ。またお姫様のお守りかい?」 扉を開け中に入ると同時にユーリがこちらを振り返って言う。厭味だ。 「いえ、今日はデータ収拾が長引いただけです」 貴方から頂いたデータの量があまりにも膨大でしたので。 眉一つ動かさずに言い返すとユーリは興味なさげな表情に戻って、前に向き直った。 「これで全員集まった?」 円形に組まれた会議机につくと、真ん中に立っているユーリが辺りを見渡した。 机にはFラボまでのチーフが席に座っている。全員高名な科学者として学会に名を馳せている者ばかりだ。 「まぁいまさら説明する事でもないだろうが一応言っておこうか。プロジェクトNO.00 が再開になった。それに伴い−−」 おおっ!とチーフ達から声があがる。皆ユーリに心酔してこの研究施設に来た者なのでもはや神を盲信する信者のような目でユーリを見ている。私以外は。 皆の歓声を無視してユーリは言葉を続けた。 「Aラボチーフであるレイをプロジェクトの副責任者に任命。責任者は勿論僕でね 。 そしてこの会議解散後、このルームに入ることが出来るのは僕とレイだけとする 。」 「なっ…!!」 レイが抗議の声をあげるより先に、周りのチーフ達がブーイングを始めた。 「それは聞き捨てなりませんぞユーリ様!!」 「そうです!そんな若造に何が出来るというのですか!!」 「私ならばもっと有意義にユーリ様の役に立てますわ…!」 「こんな重要会議に遅刻してくるような奴!」 若くしてAラボチーフの座についた自分を他ラボのチーフ達が良く思っていないのは知っていたがこれほどまでとは…と、レイは何も言えずただぽかんとその様子を見ていた。 全員が有能ということは全員が自分に自信があるということだ。それが多少の過信を孕んでいたとしても。 「黙れ」 「しかし…っ!」 尚も言い募るチーフ達についにユーリは一喝した。 「黙れ、と言うのがわからないのか!?」 滅多にない、というかレイでさえ初めて聞くユーリの怒声にやっとチーフ達は口を閉じた。 「その若造にAラボチーフの座をやすやすと明け渡してしまったのは自分達だろう?若造等と罵る暇があれば自分の研究を進めろ。ここは普通の研究室とは違うんだから。」 「…申し訳ありません。」 「それに若造と言うなら僕だってそうだ。」 「ユーリ様は違います!年齢というハンデ等ものともしない才能がおありです。」 それを聞くとユーリはにやっと笑った。この手の笑みは、人を突き落とす時にするものだ、とレイは悪寒を覚える。 ユーリは容赦がないから。 「そうだろう?どの世界もいつだって実力勝負だ。レイがAラボにいるのだって君達よりもレイの方が何倍も優れているというだけのことだよ」 分かったら出ていってくれる?と冷たく言い放つユーリに顔をあげたチーフ達は全員が蒼白で何かを打ち砕かれたような顔をしていた。ぞろぞろとルームを出ていくチーフ達をみながらユーリはまだ笑っている。 こんな仕打ちにあってもここをやめない研究者達。それほどまでに人を引き付けるのもユーリの才能の一つなんだろう。 「…何のために会議を開いたんだか…」 「この部屋に僕と君以外入らないようにする為だよ、レイ」 聞こえていたのか。 「君だって『彼女』をあんな奴らの目に触れさせたくないだろう?」 ヴォンというモーター音と共に壁が透けて壁の向こう側にあった水槽が見える。 懐かし過ぎる面差しに眩暈がする。 『彼女』が大事なのは、ユーリも同じだったのだ。 「…久しぶり、『セレナ』」 深緑の液体の中で、ブロンドの髪が揺らめいた。 「…というわけなんだ…もしかしたらプロジェクト終了まで忙しくてあんまり会えないかも…」 そこまで言ってレイは口をつぐんだ。目の前の少女が爆発寸前な事に気付いたからである。 「…いつ終わるの」 「え?」 「だから、レイを縛り付けるその憎々しいプロジェクトとかいうのはいつ終わるのっ!?」 きっとレイを睨みつけてセレナは多少興奮気味に尋ねた。 いつと言われても過去にも失敗した実験である。成功の見込みは未だ限りなく低い上今回は成功するまでやめるつもりはなさそうだ。 いつ? 本気で10年くらいかかるかもしれない。 しかしそんな事を正直に告げれば 「ねぇっ!」 セレナが癇癪を起こすことは目に見えている。 「うん…数ヵ月の辛抱だよセレナ。」 「………」 セレナは何も言わない。納得してくれたかとレイが胸を撫で下ろした瞬間、 「…許せない…」 「え」 「ユーリに直談判してくるっ!!いっつも自分ばっかりレイと〜…『しょっけんらんよう』っていうのよ!これはっ!!」 ほんの少し前まで白紙だった脳には些か無駄な知識まで入っているらしい。誰がそんな言葉を教えたのかしらないが部下達に厳重注意しておかなければ。 「セレナ!無理だ!あのユーリ相手じゃあ軽くあしらわれて終わりだよ」 ぴたりとセレナの歩みが止まる。 「…だって…じゃあどうすればいいの、どうやったらレイといられるの…」 若干声が震えているのはきっと気のせいではない。泣きそうだと悟った瞬間焦りが生じた。泣かれると弱いのだ。 どうしたものかと微動だにしないセレナの後ろ姿を見つめていたら、急に彼女はこちらを振り返った。 「ねぇ、私もレイのお仕事する所に行っちゃダメ?」 それは、困る。 なんて言えないが許可を出すわけにもいかない。ユーリが何と言うか分からないというのもあるがあそこには『セレナ』がいる。 彼女と『彼女』を会わせる訳にはいかない。聡明な彼女はすぐに気付くだろう。偶然とは言え酷似した容姿、ユーリが『彼女』と同じ名をセレナに与えた理由。 私が最終的に決心を固めた、決定打。浅ましい願望を見透かされたらもうおしまいだ。 「…じゃあ、ユーリに頼みにいってみるか?」 ユーリはきっと許さない。そうでないと困る。 「うん!」 セレナと手を繋ぐ。鼓動を感じる手はあの培養液に沈んだ彼女にはないもので。 そう、多分あの時すでに私は。 重ねて見ているこの子と、どっちが大切なのかわからなくなってきていたんだ。 |