貴女が蘇るならば背徳の道を行こう。

遠い昔の誓いは
今も綻びなく鮮明に。






あれから二週間。セレナの経過は非常に良好で、既に一人で日常生活が出来るま でに回復した。ポッドのシステムと相性が合わなかった場合は大体が崩れ落ちて しまうので、その事だけが気掛かりだったがその心配もなさそうだ。

Sラボの研究室で書類仕事をしていると廊下の方からぱたぱたと足音が聞こえて来 た。きっと彼女だ。予測した瞬間扉は開け放たれ予想通りの人物がそこに立って いた。

「もぉーレイ!!やぁっと見つけたぁ!」

ぷりぷりと白い頬を赤く上気させながらご機嫌ななめのセレナはつかつかと机に 近づいて来た。

「約束覚えてる!?」

私は異様にセレナに懐かれてしまった。お目付け役という立場上嫌われるよりは よいのだがこれはちょっと執着されすぎだ。しかも私以外の者に対しては非常に 人見知りが激しい。生前のデータでは社交的な性格と記されていたのに。

「覚えてるよ。これが終わったら行こうと思ってたんだ」

なんだかんだ言っても私はセレナに甘い。その自覚は十二分にある。そしてそれ がセレナに執着されてしまう原因だということも。

「まだ終わらないの?」

セレナが机の向こうから書類を覗き込んだ。動きに合わせて長い金髪が揺れる。
肩までだった髪は蘇る過程で腰まで伸びていた。ポッドでは細胞の複製が活性化 されるのでそれが要因だろう。
あの人にそっくりの色。自分はやはりどうしてもセレナと彼女を重ねてしまう。
酷い錯覚だ。セレナに対しても彼女に対しても。

「あと少し。でも約束の時間が来たからもう終わりにするよ」

にこりと微笑んでみせれば出会った時と同じ様にはにかんだ。この笑顔に昔から 弱いのだ。





「実験体」である彼女は一人でラボの外に出ることは許されない。檻に閉じ込め られていないこそすれ、自由はない。

だから彼女と約束した。毎晩8時になったら外に連れて出てあげると。
とは言ってもラボの敷地内での散歩程度が限度なのだが、それでも彼女には毎日 の楽しみになっているらしい。

空が珍しいのだと、初めて外に出た時に呟いていた。

「レイはもっともっと遠くにも行った事があるの?海とか見たの?」

マシンガンの如く浴びせられる彼女の質問は途切れる事がなく。

「あるよ。すごく綺麗。いつかセレナにも見せてあげる」

笑顔で嘘を吐くのももう慣れた。

絶対ね、と指切りをする彼女。私は何度針を飲めば許されるのだろう等とぼんや り考える。
千本じゃとても足りない。

「…冷えて来たしそろそろ戻るよ」

「えーもう?」

不承不承の彼女の手を掴んでラボ内に戻る。ドアを開けた瞬間ユーリに出くわし た。

「いくらAラボチーフだからってそういう行動は如何な物かな?」

いつもの意地の悪い笑みを浮かべて下から見上げてくる。ユーリは自分よりも年 下なのにいやに気迫があって気圧される。

「…申し訳ありません。ですがラボ内ですし…」

「べつに弁解しなくていいよ。No8の我が儘っぷりには皆振り回されてるし…ね? 」

ユーリがちらりとセレナに目線を写す。ユーリは絶対にセレナを名前で呼ばない 。セレナという名前を決めたのはユーリなのに。

「レイじゃないと言うことを聞きやしない」

じっとユーリに見つめられてびくりとセレナは震えた。セレナもユーリの事が苦 手らしく、レイの後ろに隠れる。

「…嫌われたもんだね。」

ふふっと笑ってユーリはSラボの方へと足を向ける。

「この後政府のお偉いさんと面会しなきゃならないんだ。じゃあね。」

「失礼します」

一礼をしてセレナの手を引いてAラボに戻ろうとすると、再びユーリが思い出した ように言った。

「あ、そうだ。結果次第ではプロジェクトの再始動も有り得るから。皆にも伝え といてくれる?」


「……了解しました。」

セレナの手を握る手にぎゅっと力が入る。振り返らずにAラボに足を進めた。

不安げに見上げてくるセレナ。
目は合わせない。直視できない。

彼女と同じ顔をした、セレナを見るのは辛かった。

「ね…プロジェクトって…?」

「…セレナは知らなくてもいい事だよ」

乱暴に答えるのはわざとだ。これ以上追求されたら陥落する。

もう巻き込みたくはなかった。
ごめんなさいと何度言っても戻らないけれど。